福岡市在住の日隈優輔君(22)が、今シーズン、フランス・ノルマンディーのチームで走っています。大学に入ってからロードレースの魅力にとりつかれたH君。「絶対に本場フランスで走りたい」と夢を語ってくれたのが昨年夏。恒例の南米ヒルクライム前後でした。 |
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2005/5/19(タイ・4) | ||
第五ステージ。163キロ いよいよ最終日。今日でレースも終わりだ。 今日も暑い。連日、心拍計についてる温度計は35度以上だ。 2キロのパレードの後スタート、アタックに反応できるように前にいる。数々のアタックが繰り返されるがなかなか決まらない。 「決めてやる」と思いアタックがつかまった瞬間、カウンターで全開で踏んだ!しばらく一人で走り、4人で追いついてきた選手と合流し5人でローテーション。 しばらくは順調にまわり集団とのタイム差も1分にひろがった。 ところがここでスプリント賞を狙う選手が引かなくなり、メンバーの空気がけんせいモードに…。タイム差も50秒まで縮められた。 やばいな〜っと思った自分はとっさに「プレゼント フォーユー スプリントショウ アザーライダー ステージ ウィン」 と訳のわからん英語っぽい言葉をスプリントジャージの選手になげかけた。 僕的な訳は「スプリント賞はあなたにあげる、他の選手は逃げ切ってステージ優勝を狙いたい」というもの(笑) 冷静に言葉をみると「スプリントショウ」は「スプリント賞」でありショウは日本語だ…(笑)人間とっさになると何言うかわかりませんね。 この思い(言葉?)が通じて再び順調にまわり始めたが遅かった、まもなく大きな通りに出て集団の目に入ってしまった。そして吸収。 次のチャンスにかけるしかない。 しかし、逃げてる最中はそうとう暑く、ボトルの水は2本ともあっという間にカラカラ、ペットボトルを背中に入れていたもののそれも空。 スタートから50キロまでは補給は禁止らしくなにも貰えない。軽い脱水に陥りながらもなんとかチームメイト水をもらうなどしてしのいだ。 中盤ぐらいにまとまった逃げができてそれをリーダーチームが追った。 終盤には集団は一つになりリーダーチームのコントロールがはいる。 集団ゴールでのスプリント力の無さはフランスにいるときから痛感していたので、勝負するなら早めに動くしかないと思っていた。 残り10キロ、逃げていた香港チャイナの選手がつかまった瞬間、集団のスピードも落ちた。 ここで行くしかない!と思い、全開で踏んだ!後ろを振り返ると集団はお見合いしてる、一気に抜け出すことができた。 残り5キロの掲示板をすぎ、このまま「行ける!勝てる!」と思った。 が… 残り4キロを切ったとき、足の全ての筋肉が痙攣し、動かなくなった。猛暑のための脱水か…それとも5日間の疲れか…。 こんなになったのは去年の全日本選手権以来だ。 しばらくして集団に吸収され、うしろにつくこともできずそのまま切れた。 身体中が渇いていたので水がほしかったが、残り20キロをきっての補給は認められずオフィシャルは水をくれなかった。 チームカーの隊列に抜かされるとき、チームカーにつかまり水をもらった。しばらくつかまっていたがオフィシャルがきたので一人で走ることにした。 「なにやってんだかな〜俺は」「あ〜かっこわり〜」なんて考えながら悔しい気持ちでいっぱいだった。なさけないよ…もうちょっとだったのに。 最後のアタックをラジオツールで知ってかどうか、各チームカーが自分を追い抜く際、「おつかれさん」と言ってるっぽく冷たい水をかけてくれる。 パタヤサイクリングチーム、ロイヤルタイネイビー、タイナショナルチーム、マルコポーロ、シンガポールナショナルチームなどはボトルをくれたり拍手をしてくれたり…。 なんかこみあげてくるものがあったが頭から水をかぶっていたので大丈夫だったかな?(笑) レース後、監督から「今回は失敗だったが、やってくうちに成功するようになる。チャレンジし続けることが大切」と言われた。 レースは小室選手が惜しくも2位。自分の動きのおかげで集団を引かずにすみ、良い場所をキープできたからスプリントしやすかったと言ってくれた。 レースでは、個人の攻めの姿勢がチームメイトにとってもプラスの展開になるらしい、積極的に逃げに乗ることはチームにとって良いことだと。 5日間が終わった、いろんな日があって、いろんなトラブルがあったがあっという間だった。 DAIHATSU Bonne Chance! Yusuke HIGUMA |
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2005/5/22(フランス・場所分からず) | ||
今日のレースはお祭りと重なってるみたいでにぎやか。久しぶりのフランスでのレースだ。
コースは7キロの周回コースを12周。周回レースも久しぶりだ。
DAIHATSU Bonne Chance! Yusuke HIGUMA |
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