私は幼少のころより遠くへ行くのが好きだった。
よく三輪車で家から2〜3kmも離れたところに行っては、近所の人たちが総出で探しに来てくれていた。古き良き時代である。
小中高校時代も、いつも一人自転車で遠くへ行っていた。このころから「孤高の人」を気取っていたのだろうか。
大学へ入ると迷わずサイクリング部へ入部した。日本中を走ってみたかったのである。大学6年間の春休み、夏休みに合計13回旅に出た。この13回を合わせてほぼ日本一周になる。
ほとんどは一人旅で、2〜3週間の日程、650Bのランドナーにたくさん荷物を積み、シュラフで野宿しながらの旅だった。
行程は一応決めていたが、天候、風向き、体調そして気分次第で、予定はいつも大幅に狂っていた。それもまた一人旅ならではの気楽でいいところでもあった。
朝早くから日暮れまで走り続け、走り着いた所を宿泊地とする。駅やバス停のベンチ、橋の下などにシュラフで寝る。時には親切な人に一宿一飯の世話になることもあれば、駅で寝ていて叩き出されたこともある。
炎天下、一人黙々と走り続ける。夜もシュラフで野宿では、熟睡できるはずもなく、毎日、疲労はたまっていく。こうして走り続けることが嫌になり、途中で帰りたくなる。そのころ、ユースホステルでよく歌われていた歌の一節に「こんなつらい旅なんかもう嫌だ旅を終わろう汽車に乗ろう」というのがあったが、まさにその心境だった。それでも何とか気を取り直して、また走り続ける。
このようにつらい、苦しい一面もあるたびであったが、それだけに充実感、達成感もあり、良い思い出になっている。自分の足で行った所だから、日本中のほとんどの場所を今でも覚えている。坂のきつさ、夏の暑さ、風のにおい、海の青さ、色々な人との出会い、時々、脳裡によみがえって来る。

旅には3度(3回分)の楽しみがあると思う。
1.旅に行く前
旅の予定を立てる。地図やガイドブックを見て未知なる世界への期待が膨らむ。ついつい欲張りできそうもない計画を立てるが、それも一興。もうこの段階で、心の中で旅をしている。
2.旅をしている時
前述したように、楽しくもありつらくもありということだが、そのきつさ、つらささえも楽しむことは、ストイックな楽しみ方と言えよう。
3.旅を後で振り返る時
実は、これが一番楽しい。今でも昨日の事のように鮮やかな情景としてよみがえるのは、自転車の旅なればこそ、であろう。
今は長期の休みも取れず、日帰りか一泊の旅しかできない。それでも私の好きな日本の原風景の中を走ると郷愁がわいてくる。心が癒され、旅情が満たされる。日本の原風景、どこか懐かしい景色、子供のころ良く遊んだ里山、のどかな農村、潮の香りのする漁村・・・・・・
都会の雑踏と喧騒を離れ、さあ、走りに行こう。