乗鞍挑戦
<承前>
どれくらい登ってきたのだろうか……もう延々5時間ひたすら登り続けている。altitudeは2,700m、今までこんなに登ったことはあるちちゅうど? すでに森林限界を超えている。空気も薄く気力、体力とも限界に近い。究極のヒルクライム、乗鞍イム、いや昼間見る暗い夢、昼暗い夢か…。登りはじめの飛騨高山は標高500mだった。ここまでで既に2,200m、さらに乗鞍岳山頂まで登山で326m、計2,526mの標高差を上り詰めるわけである。
しかし私には胸中深く秘められたさらなる企みがあった。山頂まで自転車を担ぎ上げる。乾坤一擲、身命を賭し3,026mの山頂に自転車野郎の金字塔を打ち立てる。この図南の翼の企みがうまくいくかどうか……。うまくいけば快挙というより暴挙であろうが、はたしてその顛末やいかに……。

遠くへ行きたいシリーズも、もうかれこれ10年ぐらい続いているのだが、今回はこれまでの中で最も過酷なコースであった。学生時代、ほぼ日本全国走破した私であるが、これほどハードなコースは経験したことがない。2日間で標高差4,500m、これに乗鞍岳登山を含めると4,800mという前代未聞、空前絶後の過酷さである。しかしこのコースを新メンバー2人を含む6人で走りきったこと、念願の3,000m峰に自分の足だけで登り切ったこと、円満具足の思い出深いツアーであった。
同気相求む今回のメンバーは、青の9号さん、T橋先生、みっきぃさん、私と新加入のドクターH、ドコモコバヤシさんの総勢6人である。ドクターH、眉目秀麗のイケメン、今回のメンバー中、最年少の46歳である。さんざん私に勧められた挙げ句、自転車の道にはまってしまった。三顧の礼を尽くし、今回参加していただいたが、早速一頭地を抜く走りを見せてくれた。私は昭和生まれの彼のことが好きである。昭和彼氏好きである。ドコモコバヤシさん、心優しき52歳の若武者(そう、私から見れば十分に若いの)である。マラソンも得意という強靱無比な肉体で今回の難コースも鎧袖一触楽々と完走、上々のデビュー戦であった。彼のその力強い走りを模範にしたいものである。模範メッドアリである。

9月19日(土)
午後1時過ぎに診察を終え、押っ取り刀でJR博多駅に向かいバタバタと2時発の「のぞみ」で旅立つ。既に出発前から十分ハードな行程であるが、このことが後でとんでもないトラブルの伏線となるのである。
名古屋から特急「ひだ」に乗り継ぎ、飛騨高山に着いたのは午後8時半ぐぐらいだー。ところがシャレを言っている場合ではない。トラベルにトラブルは付きもの? なんとクリート付きの靴が右足片方しかないのである。出発時のドタバタで博多駅に忘れてきたのか? 杳として行方はわからない。明日からの超山岳コースのことを思うと目の前が真っ暗になる。全くシャレにならないのである。いや、これは不注意だった私が完全にチョー悪い。完全チョー悪である。

9月20日(日)105km
飛騨高山から平湯峠まで1,100m、さらに乗鞍スカイラインを1,000m、この標高差を延々と登り続ける。登れば登るほど酸素が薄くなる。左足クリートなしで、2〜3割くらい負荷が増しているように感じられる。それでもひとり奮闘してペダルを漕ぐんです。漕ぐん奮闘である。粒々辛苦を重ね悪戦苦走する中、やっとの思いで標高2,702mの畳平に到着。なんとここはジロのチマコッピ、ガヴィア峠2,652mよりも50mも高いのだ。すごいぞ、ジロの上を行っている…。
ここからさらに登山で山頂を目指すのだが、思い出していただきたい。前もって私は、山頂まで自転車を担ぎ上げると大見えを切っていたのである。もはや死中に活を求めるしかない。興国の興廃この一戦にありと覚悟を決め、気を奮い立たせる。大勢の登山者の冷ややかな視線をシャワーのように浴び、時には罵声を受けながら胸突き八丁の登山道をただ黙々と担ぎ上げていく。だが残り時間も少なくなり、やんぬるかなついに決断を迫られる時が来た。
山では撤退の決断の方がよほど勇気がいることだ。ここまでよくやったではないか。もういいよ充分だ。そう自分に言い聞かせる。撤退これ極まれり、ここまで艱難辛苦を共にしてきた我が愛車を登山道の傍らにそっと横たえる。2,900m地点、山頂まであと少しの地点であった。登山者の皆さん、私のビチクレッタを見ちくれった? 結局山頂に金字塔を打ち立てることはできなかった。どだいこのような行為自体、禁じとうと言われるのがオチであろう。さあ気を取り直そう、山頂はもう目前である。T橋先生が、あの屈強なT橋先生が肩で息をしている。とにかく酸素が薄いのだ。3,026mの山頂からはあの槍ヶ岳、穂高連峰がくっきりと眺望できる。ついに北アルプス、3,000mの世界を手中に収めたのである。
山頂から下山し、乗鞍エコーライン、野麦街道と一気に下っていく。松本に着くころには暮色蒼然、ライトアップされた松本城にしばし見とれる。こと程さように今日は大変な一日であったのだ。今宵の宿は松本近郊の浅間温泉。温泉に浸かり、うまいものを食べて、うまい酒を飲んで…