五十三次シリーズも無事完遂できた。さて次は何をやろうかと何度も地図を眺め返していて、ふとひらめいた。五十三次はやや内陸寄りを通っていて海岸線はほとんど走っていない。
一方、東京より京都、大阪に至るまでには魅力的な半島、岬、海岸線が数多ある。ここをすべて走破してみたいということで、6コースを思いついた。まあこれだけ長いこと自転車の旅をやっていると、地図を眺めているだけで、その地の情報が自然にイメージできる…。
メインルートから外れた半島にはのんびりとした里山の情景が広がり、温かく我々を迎えてくれるだろう。潮の香り漂う海岸線は、旧き良き昭和の原風景へと誘い、潮騒は日常の喧騒を忘れさせてくれる。太平洋を一望できる岬では黒潮の深い青さに心と瞳が透き通った輝きを取り戻すだろう。若いころ流行っていた「岬めぐり」の歌を口ずさみながら走ると心地よいノスタルジアに包まれ、純粋無垢なあの頃に戻れるかも知れない。

三重県伊勢、鳥羽、志摩ツアー
今回はこの半島と岬めぐりシリーズ第一弾として伊勢、鳥羽、志摩ツアーに行ってきた。細長い三重県を南の尾鷲から北の四日市まで北上するコースである。最後は時間に追われ、伊勢いよく鳥羽志摩すという羽目になったが、それもまたご愛嬌である。
メンバーはいつもの4人衆、アサノ先輩、T橋先生、ミッキーさんと私である。情意投合、気心の知れた仲間と珠玉の3日間を過ごせたことに感謝したい。サンキューベリーマッチョ。
5月2日(土)
夕方4時発の「のぞみ」で博多を旅立つ。傍らには盟友のT橋先生、早いものでT橋先生ともこれが13回目のツアーである。輪行は大人の遠足、言い知れぬ高揚感に包まれる至福の時。さあ行くぞ、行くぞ日の丸日本の艦(ふね)だ。岡山からはアサノ先輩が合流しビールで乾杯。尾鷲に着いたのは午後10時半、これだけでも充分旅を満喫したような気分だが、やっとスタート地点に着いたに過ぎない。駅では先着していたミッキーさんが出迎えてくれる。相変わらずのサンダル履きだが、これで役者はそろった。尾鷲駅か…私は37年前のことに思いを馳せていた大学3年生の春、この駅でツアーを途中で断念、意気阻喪、輪行して帰ったことがあった。2週間以上に及ぶ長旅に疲れ切っていた私はここで土砂降りの雨に降られ、ついに心が折れてしまったのである。今回は一敗地に塗れた私にとって捲土重来、時空を超えたリベンジでもあるのだ。

5月3日(日)125km 晴れのち曇り
今日は一日海岸線を走るが、辟易するようなアップダウンの連続、艱難辛苦の道程である。勇往邁進する中、時折垣間見る小さな島々、どこまでも続く紺碧の海、潮の香り漂うひなびた漁村…。日本の原風景に癒やされ胸いっぱいに吸い込む昭和の郷愁。
えもいわれぬ優しさに包まれて心と瞳が取り戻すしっとりとした潤い。悲しからずや空の青、海の青に我が心も青く染まりて と牧水を気取り、ふと海のかなたを見やると、水天彷彿遥かに霞む渥美半島。思えば遠くへ来たものだとせつないくらいに深まっていく旅情…。
 尾鷲からひと山越えたところに銚子川という小さな川が流れている。知る人もほとんどいないだろうが、一昨年だったかNHKの番組で日本一透明度の高い川として紹介されていた。その透き通る流れの美しさが私の琴線に触れた。
よし、必ずこの川を見に行くぞと思ったのが、今回のツアーのきっかけのひとつとなった。私にとって旅とは、旅に出るきっかけとはそういうものである。渇水期で水量が少なく、さしもの銚子川も調子が悪いかなとも思えたが、それでも透き通った川底に流石が輝いている。流石である
紀伊長島、南伊勢とアップダウンをこなし志摩半島に到着。レジャーボートに自転車ごと乗せてもらい英虞湾周遊としゃれこむ。接岸した賢島ではサザエの壺焼きを食べる。潮風が心地よいのんびりとした昼下がりである。いやこんな旅もいいものだ。今宵の宿は民宿花椿を予約しておいた。
伊勢エビにアワビ他、鳥羽の海の幸三昧で円満具足の宴となった。ここは民宿といっても旅館のようなたたずまいでちゃんと温泉も湧いている。いや楽しい、ただひたすら楽しい。

5月4日(祝) 120km 曇り
今日は名勝二見浦の夫婦岩、お伊勢参りと見所が多い。T橋先生、夫婦岩に来て良かったですね。そう、彼は稀代の愛妻家、愛妻おじさんなのである。伊勢神宮は連休で大変な人出である。雑踏の中とはいえ、参道は神々しさに満ちていて六根清浄、身が引き締まる思いである。天照皇大神にお賽銭を上げ、しっかりと願い事を唱える。そういえばさいせん五郎という医者がいたなぁ。名物の赤福を6個も食べ、昼は松坂の老舗「牛銀」で最高級松阪牛のすき焼きをたらふくいただく。グルメツアーここに極まれりである。
おっと、ついゆっくりし過ぎた。四日市までの50km、2時間弱で走らないといけない。最近朝練に出ていないので、一抹の不安もよぎるが、何するものぞと重いギアをガシガシ踏み込み四日市を目指す。いや、これがまた楽しかった。お互いとてもいい走りをしましたね、T橋先生…。そして四日市到着、これで五十三次のルートともつながった。私自身にとっても37年来の紀伊半島一周ができた。
これで完璧、ハハッと笑う。完璧のハハッである。