Fixedの悦楽」「扉を開けたら」「イベントに出よう」と、多くの寄稿を寄せて下さる名古屋在のNさんは、大人の固定ギア愛好家ですが、ある老舗ショップにある旧いピストラーダに惚れ込み嫁にもらおうと画策します。が、甲羅を経た大旦那はそう簡単には首を縦に振りません。
そうこうするうちに、話は飛んで富士の樹海かアリババの洞窟か、ミノタウロスの迷宮か、最近の方にはなかなか理解できないであろうオタクの深い深い世界に沈んでいきますが・・・。はてさて、Nさんのもくろみは無事成就するのでありましょうか。
乞ご期待。
m(_ _)m

フレームは大ぶりのラグで組まれています。ラグはイタリアンカットでもコンチネンタルカットでもファンシーカットでもありません。本当に「継ぎ手」という感じで、精緻とか繊細とかいうのとは対極にある。でもその無骨さがとても素敵です。アウター受けや、ポンプペグなどの直付け工作は一切ありません。
スケルトンはかなりのロングホイールベースで、タイヤとフレームのクリアランスもかなり大きい。ロングアーチのブレーキアーチと同様に、マッドガードをつけることも想定しているのでしょう。ヘッドチューブに「クリスタル」というブランドが書かれたプレートが、誇らしげに貼り付けられています。ブランド名の下に「白十字」が書いてありますから、スイス製らしい。
スイスにもフレームビルダーがいたんでしょうか。分厚い塗装はスプレーガンによるものではなく、手塗りのようです。臙脂色とクリーム色との塗り分けは、マスキングテープを使わずに塗り分けたみたいです。「金線引き」ですら職人がフリーハンドで引いていたそうですから、この時代の職人はマスキングテープなどを使わずに塗り分けることができたはず。

アッセンブルを詳細に見てみることにしました。ブレーキワイヤーがアウターごとトップチューブに引いてあります。こういう場合、普通アウターバンドでトップチューブに固定しますが、この自転車は黒いバーテープ(ハンドルバーに巻いてあるのと同じもののようです)で固定されています。
さらに前後にタイヤセーバーが装着されていますが、これもブレーキワイヤーと同様に、黒いバーテープでフロントフォークとシートステイに固定されています。いままで見たことのあるタイヤセーバーはブレーキアーチのシャフトに固定されていました。このようなバーテープを使った取り付け方法は始めて見ました。
ポンプはシートチューブの裏に、アダプターを介して装着されています。ポンプは装備されていませんから、何とかしないと・・・。
ボトルゲージをダウンチューブやシートチューブに付けては、今風になってしまい絶対に格好悪い。ハンドルバーにアルミあるいは鉄製のボトルゲージをつけ、コルクのキャップを付けたアルマイト製のボトルをセットしたい。
でもそんなん手に入るのか?チェレステに塗られたビアンキに、ぴったりのものが付いている。あれを召し上げれば・・・。って大旦那が「オッケー」と言うわけがありませんな。でもこういうものは大旦那に言えば出てくるでしょう。時間はかかるだろうけど・・・。

時代考証を試みる
ここまで来ると疑問が次々に湧いてきます。まず気になるのは「これがいつの頃の自転車か」ということ。アッセンブルされたパーツから時代考証をしてみることにしました。
ユニバーサルのロングアーチのブレーキアーチの写真が(『ヴィンテージロードバイク』EI MOOK 708 竢o版社、2003年、p13)にありました。ファウスト・コッピが1940年代から1950年代に乗ったチェレステブルーのビアンキについています。でもこの自転車に付いているブレーキアーチは、ビアンキのブレーキアーチよりも古そうですから、この自転車は1940年代以前のもののようです。
1930年代の『デイ(DEI)』のブレーキレバーの説明に「ごく初期のゴム付きのレバー」とありますから、ブレーキレバーのブラケットにゴムを巻くようになったのは、1930年代になってからのようです(同p32)。
この自転車のブレーキレバーにはゴムは巻いてありませんから、どうやらこの前後のものらしい。もっともいまでも競輪選手がピストを街道練習に使うときのブレーキレバーにはゴムは巻いてありませんから、ゴムのあるなしで時代考証をするのはちょっと無理があるかも・・・。
木リムについて次のような記載を見つけました
―「30年代には、軽いこととショック吸収がいいことからパリ〜ルーべや山岳で使う信奉者が一部いた。弱点は雨に降られるとゆがむことと、下り坂でのブレーキがダメなこと、急なダッシュをかけた時、ホイールがブレることなどの理由で次第につかわれなくなった」 (同p32)。 この記載は1930年代の『デイ』のバイクに使われている木リムの説明ですから、どうやらこの自転車は1930年代のものらしい。
僕は木リムから金属のリムに変わっていったのだと思っていました。でも次の記載を読むとそうではなさそうです。
―パリ在住の小林恵三さんは、世界的に有名な自転車の歴史研究家だが、「もともとは金属リムで、それと平行してトラック競技など一部で使用されたのではないか。したがって、木リムから金属リムに移行したのではないように思うが、余り詳しくは分からない」とのことだった。(『イタリアの自転車工房物語』:砂田弓弦著、八重洲出版、2006年、p48)
「木リムだから1930年代」と決め付けるわけにはいかないようです。
―「長時間ブレーキングすると、金属製のリムは熱が上がって、特にチューブラータイヤだとタイヤがずれやすくなるが、木リムは熱を持たない」と言う。実際にこれで走った人に言わせると、路面からのショックを吸収して、乗り心地はマイルド。実に疲れにくいのだそうだ。(同p48) というのが、木リムの長所のようです。是非一度その乗り味を味わってみたいものです。
2009/9/27